どうしてあなたは私にキスしたの?
この温もりを知ってしまったらもう手放せなくなるのに
それでも私は、後悔していません
時の砂 9
昨日起きたことは夢かもしれない。
次の日の朝、はそう思っていた。
思いを告げて、キスされて、抱きしめられて。
あの時感じた温もりは幻だったのだろうかと、そう感じてしまう。
けれど、隣を見れば穏やかに眠るアスランがいた。
まるで子供のようなその寝顔に、可愛いなんて感じたのは言わない方がいいだろう。
昨日の今日ですぐ、なんておかしいのかもしれない。
それでも、誰かの温もりを求めたくなるほどに心が弱っていたのだ。
絶えず泣き続けていたを優しく慰めてくれたのはアスランだった。
「・・・・・・・ごめんね・・・・」
――――ミゲル。
裏切ったとか、そんな事を考えているわけではない。
それでも悲しいはずなのに嬉しくて。
本当は笑っていていいわけがないのに。
でもきっと、彼らはこう言うだろう。
――――幸せでもいいんだぞ
だから笑っていようと思う。
彼らの分も幸せになりたいと思う。
「・・・・・・?」
「おはよう・・・・アスラン」
かすれた声で名前を呼ばれて、思わず頬が熱くなる。
寝起きのアスランを見るのは初めてだった。
少しだけ眠そうな瞳も、綺麗に輝いていてとても色っぽいと感じた。
きっと今すごい顔をしているだろう。
それでもは照れくさそうに微笑んだ。
やっとアスランと恋人同士になれて、嬉しかった。
しかしこの関係を公にするつもりはない。
アスランには婚約者がいるのだから、これは秘密の関係だった。
もちろんアスランはそのことを始めは渋っていたけれど、はどうしてもと譲らなかったのだ。
そして任務に向かうアスランの頬にキスをして、は彼を見送った。
扉の閉まる音が、静かに響いて少しだけ寂しくなった。
「仕事・・・・・しないとだよね」
少しだけ痛む腰に眉を寄せながら、は軍服に着替えた。
その日の夕方、アスランたちは無事に戻ってきた。
けれどなぜかアスランの様子がおかしくて、は心配になった。
何とか声をかけようとしたのだが、作戦を練るとか何とかでミーティングルームにこもってしまったのだ。
結局アスランに話かける暇もなく、そのまま次の日になってしまった。
「私これで仕事してるって言うのかしら?」
本業はオペーレーターだというのに、どこに言っても雑用ばかりさせられている。
とはいっても転属続きで、ここのところ戦闘に出くわしていない所為なのかもしれない。
またやることがなくなってしまって、は海を眺めようとデッキへと向かった。
「きゃっ!? すごい風・・・・・」
外に出ると海の香りがして、時折強い風が吹く。
思わずバランスを崩しそうになりながら、は辺りを見渡した。
すると、海を眺めているアスランの背中が見えた。
その後姿がとても寂しそうで、無性に抱きしめたくなった。
「でもお前は・・・・・・・・だ・・・・」
「アスラン・・・・・・・」
後ろから腕を回してアスランをそっと抱きしめた。
たった一日話をしなかっただけなのに、アスランの温もりがとても恋しかった。
「・・・どうしたんだ?」
「ただ、こうしていたいの・・・・だめ?」
「俺としては、を抱きしめる方がいいんだけどな」
「・・・・・えっ!?」
クスっと不敵に微笑んで、アスランは身体を反転させるとを抱きしめた。
今度は自分がアスランの胸に顔を埋めるような体制になって、の顔は真っ赤に染まっていた。
こんなところを誰かに見られてしまったら、内緒にしている意味がなくなってしまう。
それでももう少しだけ、こうしていたいと思った。
「アスラン・・・・・大好きよ」
「俺も、愛してる」
本当はどうしてアスランが悲しそうな表情をしているのか知りたかった。
でもそれを聞くことは出来なくて、好きだと言う以外に言葉が見つからなかった。
好きだからこそ、何でも知りたいと思う。
でもそれは、私の我侭なのでしょうか・・・・・・・・・
上を見上げれば近づいてくるアスランの顔が見える。
なにも聞けない自分に歯がゆさを感じながら、は目を閉じた。
重なった唇から伝わる言葉は・・・・・・・・・・・ない。