いつも、側に居たあなた。
でも今はもう、二度と会えない場所にいる。
あの約束は、無効になってしまったの?
時の砂 4
静まり返った艦内に、少女のすすり泣く声が響いていた。
そして、その少女を抱きしめる少年が一人・・・・・・。
「ありがとう・・・・・もう、大丈夫だから」
「!!」
そっと離れて去っていくの腕を、アスランが掴んで引き止めた。
まだ、伝えなければならないことがあったから。
「ミゲルからの・・・・・伝言があるんだ」
「え?」
アスランはそういいながら、ポケットから何かを取り出した。
アスランの手で隠れてしまって確認することは出来なかったけれど、はドキリとした。
僅かに見えた鎖のようなものに、見覚えがあったから。
両手を差し出すようにすれば、アスランはの掌にそれを置いた。
「渡せば分かるからって、そう言ってたよ」
「・・・・・・・・・」
シャラと音がして、はゆっくりとそれを見た。
掌でキラリと光るそれは・・・・・・・。
「指輪・・・・?」
ミゲルがいつも肌身離さず持っていたもので、にとっても大切なものだった。
収まっていたと思っていた涙が、の頬を伝う。
あなたは、全てを知っていたのね。
だからこれをアスランに託した。
そうでしょう?
は心の中で問いただした。
そうすれば、ミゲルは笑顔で答えてくれるような気がしたから。
溢れてくる涙は止まらないけれど、それでも心が救われた。
彼は後悔していないのだと、そう思えたから。
「ねぇ、アスラン。 聞いてくれる?」
「なにを・・・・?」
「私とミゲルの話」
ポツリポツリと語られる話は、ある少女と少年の、秘密の契約・・・・・・・・・。
「婚約者・・・・?」
「ああ、あのミゲル・アイマンだ。申し分ないだろう」
ある日突然告げられた婚約者の名前。
まるでガラスが音を立てて割れるように、少女の心も壊れていった。
足が震えて立っていられないほどに、その衝撃は大きかった。
「この話、受けてくれるな?」
幼い頃に母を失くしたの肉親は父しかいなかった。
その父も、仕事があり滅多に家に帰ってくることはなく、こんなに大事な話も通信機越し。
それでも、にとってただ一人の、そして優しいお父さんだった。
その父に逆らえるはずもなく、は返事をするしかなかった。
「・・・・・・はい」
僅かに震える唇から呟かれた小さな返事。
気づかれなかっただろうか、笑顔で返事が出来ただろうか。
スカートをギュッと握り締めながら、は心の中で涙を流していた。
それから数日後のことだった、ミゲル・アイマンがの住む屋敷にやってきたのは・・・・・。
「始めまして、・と申します」
「ああ、堅苦しいことはなしな。俺はミゲル・アイマンだ」
ミゲルでいいぜ、そう言って気さくに笑う彼に好感を抱いた。
それから毎日訪れるミゲルに、は次第と心を開いていった。
好きな人がいるわけでもない。
だから、いつかこの人を愛することが出来るだろう。
そのために、自分は努力をしよう。
そう思った。
けれどそれは、ミゲルの言葉によって、儚くも崩れ落ちることになる。
「。俺と契約しないか?」
「契約・・・・・・?」
「ああ、いつかお互いに好きな人が出来たら、そのときは隠し事なしだぞ」
「・・・・・・あなたには、いるの?」
「オウ!!」
上辺だけの婚約者。
それは、にとって残酷で優しい契約。
それを素直に喜ぶことが出来ないのは、どうしてなのだろうか。
きれいに笑うその姿に少しだけ胸が痛んだけれど、は気づかないフリをした。
そして、その日を境にの中でミゲルが恋愛対象になることはなかった。
秘密の契約、それは彼らが結んだ小さな約束。
その約束と共に、二人で指輪を買った。
いつか、本当に好きな人が出来たときに、この指輪をその相手に渡すこと。
「それが、私たちの誓いだった」
そしてその指輪は、の首にもかかっている。
「ミゲルは、きっと私の気持ちに気づいていたんだわ」
無理に彼のことを好きになろうとしていることに。
そして、彼は本気でのことを愛していたと。
だからこそ、こんな契約を交わしたのだ。
いつかが、その指輪を渡してくれると祈りを込めて・・・・・・・・。
「私・・・・私は馬鹿だわ・・・・・」
彼を傷つけようとしていた。
いや、もう傷つけているのかもしれない。
の本当の気持ちに気づいていたから。
目の前にいるアスランを見上げながら、は微笑んだ。
「ミゲルも・・・・・馬鹿よね・・・・っ」
「・・・・・」
言えない、言えるわけがない。
この気持ちを知って、どうしてアスランに想いを告げられるだろうか。
だからせめて、心の中で思わせて。
あなたを、アスランを愛していると。
あなたには婚約者がいて、始めから叶わぬ恋だったから。
私は、この想いを抱いて生きていくわ。
だから、さようなら・・・・・・・・・・アスラン。