この胸の高鳴りは、いったいなに?
どうしてあなたの前だとこんなにドキドキするのでしょうか
早く・・・・・・・答えが知りたい
時の砂 14
なにもかも忘れてしまった。本当の名前さえ、わからない。
そんな素性もわからない自分を拾ってくれたカガリが、シアはとても大好きだった。
だからたまにやってくる彼女の愚痴をいつも黙って聞いていた。
けれど今日はいつもより慌しい周りの様子を不審に思い、シアが問いかけたのだ。
「アークエンジェル?」
「ああ、以前私が世話になった」
「そうですか、きっととても親切な方たちなのでしょうね」
味方であるはずの人たちに裏切られ、傷ついた戦艦を直しているのだという。
この先彼らの選ぶ道は険しいものになるだろう。
現に今この国は非常に厳しい状態にある。
どの国にも属さず、どの国をも侵略せず、自国の理念を貫き通している。
そしてそのために今地球軍から圧力をかけられているということもシアは知っていた。
現在オーブ国内には避難警告が出され、全ての国民が避難している。
雑用としてここ、モルゲンレーテで働いていたシアは自分も避難しなければならないのだろうかと不安になった。
自分はここに、カガリの側にいる以外に帰る場所はないのだ。
そんなシアの気持ちを察したのだろう。
カガリはそっと声をかけた。
「私はこれからあちらに行くんだが、シアも行かないか?」
「え? よろしいのですか?」
「ああ、私がいいといっているんだ」
「では、お言葉に甘えて・・・・」
「おーい、キラ!!」
「あれ? カガリ」
ふと立ち止まったカガリは手を上げると声をかけながら近づいた。
その先にいたのは亜麻色の髪をした少年で、彼はカガリに気づくとふわりと微笑んだ。
シアはその笑顔に思わず見惚れてしまう。
暫くその少年を見ていたら、こちらを向いた彼と視線が重なる。
その瞬間、ドキン・・・・・と胸が高鳴るのを感じた。
前にも一度こんな気持ちを感じたことがある・・・・。
でもどこで?
必死になって考えてみるけれど、結局なにも思い出せなかった。
「君・・・・は?」
「ああ、そうだった。彼女はシアっていうんだ」
「初めまして、シアです」
「・・・・・・・・」
緊張のためか少し声がかすれてしまったけれど、何とか挨拶をすることが出来た。
シアはホッと息をつく。
けれど彼は黙ったまま、困惑したような表情でシアを見ていた。
「あの・・・・・?」
「え? あっ、ごめん。僕はキラ、よろしくね」
「はい」
「さて、私は呼ばれているから!! キラ、後は頼んだぞ」
そう言って無責任にもカガリは二人を置いて去っていった。
いったい何のためにここに来たのかわからないくらいだ。
驚きに目を見開いたまま、隣を見ればキラと目が合う。
そして同時に笑い出した。
お互いの顔があまりにも間抜けだったというのもあるだろう。
けれどこれをきっかけにキラとの間に感じていた戸惑いも消えた。
カガリがこのことを計算していたとは思えないけれど、それでもシアは彼女に感謝した。
「キラさんは、何をなさっているんですか?」
「キラでいいよ。僕はパイロットなんだ」
「パイロット・・・・」
どうしてだろう、なぜかその言葉を聞くと胸が苦しくなって不安に押しつぶされそうになる。
けれどその理由はわからなくて、ただ胸の痛みだけが残った。
「シア・・・・?」
胸を押さえて蹲ってしまったシアの顔を、心配そうにキラが覗きこんだ。
苦しさを感じながら、シアはキラの紫紺の瞳を見つめた。
引き込まれるようなその瞳に、なぜか懐かしさを感じる。
さっきから自分はおかしい。
胸の高鳴りは静まるどころか激しさを増していく。
キラがカガリにどこか似ていると感じるのもその所為なのだろうか。
けれどカガリに抱く感情よりももっと強く、そして愛しさを感じる。
初めて会ったというのに、何故こんな感情を抱くのだろう。
戸惑いは広がり、さらにシアを苦しめる。
霞んでいく視界に意識を奪われながら、シアは知らない誰かに支配されてしまったような錯覚に陥った。
「泣かないで・・・・」
「シア・・・?」
「あなたの悲しみも、苦しみも全て私が受け入れるから・・・・・」
キラの首に腕を回し、シアは身体を寄せた。
密着した身体から伝わる体温に、キラは困惑していたけれどシアは囁くように言葉を続けた。
「私もあなたを守るから・・・・だからそんな悲しそうな瞳をしないで・・・」
シアの長い指がキラの頬をそっと掠めた。
こんなことを言われたのは二度目。
一度はあの赤い髪の少女。
そして二度目は今目の前にいる。
あの時とは違う、新たな感情がキラに芽生えつつあった。
「あなたを愛してるわ・・・・」
「シア・・・・」
漆黒の瞳に見つめられて、キラは狂っていたのかもしれない。
始めてあった少女を愛しいと感じるなんて。
間違っているのかもしれない。
それでもキラはそうせずに入られなかった。
シアの顎に手をかけゆっくりとその顔を上げる。
絡み合うような視線を感じ、まるで吸い込まれるようにキラは顔を近づけていった。
「・・・・・シア」
あなたは誰・・・・・・?
私の脳裏を掠めるあなたはいったい誰なの?
近づいてくる気配を感じ、シアが意識をそちらに集中させた。
以前にもこんなことがあった。
近づいてくる紫紺の瞳。
けれどシアの脳裏を掠めた彼の瞳の色は―――翡翠。
違う・・・・・・彼じゃない。
私が愛しているのは彼じゃない・・・・・違う違う違う違うっ!!!!!
「いっ・・・・・いやぁっ!!!!!」
キラの身体を突き飛ばし、シアはそのまま逃げるようにその場を去った。
その後姿を見つめていたキラの表情は、悲しみと後悔という感情に染まっていた。
「何してるんだろう・・・・・・僕」
その呟きは誰に届くわけでもなく、ただその場に響いていた。
もちろんそれはシアも―――――知らない。